0001日本人 ★
2019/05/05(日) 06:28:18.94ID:vcZSyoPo9「人は死に方をいろいろ選べる」のか
2018年、オランダ人医師のベルト・カイゼルは、肺がん末期の男性患者の自宅に呼ばれた。この男性の人生を終わらせるためだ。カイゼルと看護師が家に到着すると、男性はベッドに横たわり35人ほどに取り囲まれていた。
カイゼルはそのときのことをこう振り返る。
「みんなでお酒を飲み、大声で笑い合い、泣いていました。陽気などんちゃん騒ぎです。『このなかに入り込んでいくのは大変だな』と思いました。
でも、そこは当の男性のほうが心得ていました。しばらくすると『みなさん、そろそろよろしいでしょうか』と言い、その一言ですべてが伝わったのです。室内が静まり返りました。
小さい子供は部屋の外に連れだされ、私が彼に注射を打ちました。もう少しのところで彼にキスしてしまいそうでした。だってあんなふうにパーティをしめるのは私には無理でしたからね」
カイゼルは「生命の終結クリニック協会(SLK)」の名簿に名を連ねる60名ほどの医師のひとりだ。この協会では「自分の人生を終わりにしたい患者」と「安楽死の実施を厭わずに引き受ける医師」がマッチングされている。2017年にはこの協会を通じて750人ほどが安楽死を遂げた。
カイゼルは医学を学ぶ前は哲学の研究者だったそうだ。安楽死の普及は新時代の到来だと語る。
「家族や友人に囲まれて、その人たちと触れ合いながら死んでいける場が歴史上初めてできたのです。
妻が買い物に出かけ、子供が学校に行っているあいだに書斎で首をくくる自殺とは大違いです。ああいう自殺は自死のなかでも最悪の部類です。残された人の傷が絶対に癒えませんからね。
人が人である理由、それはほかの人とのつながりがあることです。そのつながりを断つのはつらいですが、その断絶をなんとか耐えられる方法を私たちは見つけました。自然死ではなく、自分の意志で自分の人生を終わらせるのです。これはきわめて特別なことです」
この「きわめて特別なこと」が普通になってから久しいのがオランダという国だ。この国の住民なら、安楽死した知り合いがいない人のほうが少数派だ。冒頭で描写したお別れ会の光景も決して珍しいものではない。「人は死に方をいろいろ選べる」という考え方が最も広まっている国がオランダだと言って過言ではないだろう。
しかし、そんな死生観が社会に定着していくと、どんな変化が起きるのか。安楽死の合法化からそれなりの歳月が流れたオランダでは、いまその長期的な影響が少しずつ垣間見えるようになっている。
数十年前から「安楽死の自由化」の旗手を務めてきたこの国で「生命終結」の専門家を務めてきたカイゼルの言葉には、私たちの社会の未来を見通すかのような重みがある。
オランダの議会が「回復の見込みがいっさいなく、耐えがたい苦痛にさらされている患者」への安楽死を合法化したのは2002年のことだった。
その後、カナダとベルギーでも安楽死や「医師による自死介助」が合法化された。まだ合法化されていない英国、米国、ニュージーランドといった国々でも、世論は安楽死賛成に大きく傾いている。
安楽死が広がっていく勢いは止められそうにもない。2015年のコロンビアに続き、2017年にはオーストラリアのビクトリア州でも安楽死が合法化された。スペインも近い将来、医師による自死介助が合法化される可能性が出てきている。
米国では国民の6人に1人が「安楽死が合法の州」の在住者だ(その大半はカリフォルニア州の住民)。自殺幇助を許す世界最古の法律があるスイスでは、外国人への自殺幇助もなされている。
仮に西側諸国が今後、オランダやベルギー、カナダが選んだ道に追随していくならば、数十年後には「安楽死が死に方の選択肢のひとつ」として当たり前になっていてもおかしくはない。
人生が耐え難いと感じれば、誰でもいつでも好きなときに「人生を終結させる」致死薬をオンデマンドで入手できる時代が到来する可能性さえある。
いまベビーブーマー世代の高齢化が進んでいるが、この世代は人工妊娠中絶や避妊の合法化を勝ちとってきた世代でもある。「自分が望むときに品位ある死を迎える権利を国家が保障すべきだ」という考えの持ち主もこの世代には多い。
「体の医学的状態がどうであれ、人の命は尊ぶべきだ」という考え方がいまほど問い直されているときはない。
安楽死先進国のオランダでは、安楽死を合法化したことで倫理上の難題をひとつクリアしたと言えるが、別の難題も次々に浮上している。そのなかでも喫緊の課題は「安楽死のリミットをどこに設けるか」というものだ。